救援ネットは、いま、「なに」でしょうか?

救援ネットは、いま、「なに」でしょうか?

1995年、45歳でした。だいぶ、若かったですね。神戸は地震がない都市と知られて?いました。でもすごく揺れたので地震であることはすぐ分かりました。自分の家が震源地だと思いました。そののち、学生センター(阪急六甲)に行くとここが震源地、さらにJR六甲道に行くとここが震源地だと思いました。

翌日、センターにある留学生が避難してきました。当時のセンターはユースホステルも経営していました。避難所としては上等です。4月末まで、留学生専門の避難所となりました。避難者の新しい門出のときなどに、豪華なぎょうざパーティもありました。当時、神戸に「外国人相談総合窓口」はありませんでしたが地震のおかげでそれができました。救援ネットです。このレガシーを大切に育てていきたいと思います。

飛田 雄一

特定非営利活動法人 NGO神戸外国人救援ネット 代表理事

公益財団法人 神戸学生青年センター 理事長